
えらく古い話なのですが…。
4年ほど前に出張で山手線に乗っていたときの話。
その車両は乗車してすぐにいつもの車両とは明らかに違う趣があった。
午後のラッシュ前、すでに車内は混雑し多くの人がつり革につかまっている。
しかし、長いすには一人の中年女性と年のころが20歳前後の若い女性の二人だけ。
おもむろにあいている若い女性の隣に鎮座したとき、私はこの異常な雰囲気を身を持って理解した。
悪臭。
鼻を突くようなその臭いがどこから漂ってくるのかわからない。
真冬の密閉された車内には暖房の熱風が舞い、刺臭を拡散する。
もしかすると臭いの原因が自分かと思い、己の体中を嗅いで見る。
と、周囲に目をやると同じ様な行動をしている人が多くいるのに気付く。
ふと横に座っている女性に目をやる。その先の中年女性と目が合う。
その中年女性はその視線で、若い女子へと合図を送ってくる。
少し中国系、綺麗な顔立ち。幼さを残した横顔。彼女は少しも動じていない。
むしろまっすぐな目線で外の様子を観察している。
手には留学生だろうか、参考書らしきものと大学ノートとビニール袋。
ビニール袋?
気付くと車両のすべての人間が恐怖におびえながらそのビニール袋を見つめている。
電車、ラッシュ、ビニール袋。
あの事件から少しばかり時間はたっているが、逆にその時間の流れがいらぬ想像を掻き立てる。
否応なしに自分の動悸が早くなるのを感じる。
しかし誰もその女性に声をかけようとするものはいない。
決定的な証拠がない。自分に言い聞かせた。
車両は止まりホームから乗客が飛び乗ってくる。
「うわ!」
新しい乗客はそう叫んで別の車両に逃げるように去っていく。
手には多量の汗。
死ぬのか?
車両すべての人がそう感じているはず。そんな思いが全身を貫く。
額から冷たい汗の筋が数本、流れ来るのを感じた。
列車は平然と次の駅へと停車する。
突然、緊迫した車両をよそに、彼女は席を立ち何事もなかったように下車していく。
安堵の雰囲気がどっと広がる。
関を切ったように隣の中年女性が擦り寄ってくる。
あの子臭かったわよねー。もしかしたら…。私駅員さん呼んでくるわ。
そういってホームの駅員を捕まえ、手を振りながら興奮した口調で状況を報告しているのが見えた。
車両中はざわめき始め、口々に異臭の原因を論じている。
吐き気を催している者までいる。
私は、恐怖のあまり、少しの間動けなかった。
その後、私は死の影におびえながら4年の年月が経った。
ある意味テロ事件を疑似体験したような物だが、
そういう状況になった時に個々はなんと無力なものであるかと感じた事件であった。
しかし、あの臭いはなんだったんだろう?
たぶん中国の干物かなんか?
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