その些細な現状の疑問はしだいに確信に変わってきた。
「な、なにがおこててるんだ??」
と発したはずが、言葉にならない何かを叫んでいることだけははっきりとわかった。
天井と自分の頭との距離が少しずつ短くなってきている。
いや天井が迫ってきてるのではない、ゆっくりだが徐々に体が上昇しているのだ。
天井との隙間が縮まってく閉塞感と理由も状況も把握できない自分にパニックになっていた。
天井に当たる!目をつぶり肩に力を入れ「ここで終わってくれ!」と心の中で強く念じた。急に周りが暗くなり空気の強い流れを感じ、男はこわごわしく目を開けた。
男は真下に何かの建物の屋根の上に浮かんでいた。
よく見ると自分が住んでいる家、ちょうど風呂場あたりの上空にいることに気づいた。
いまだに状況が好転している兆しはなかった。
なぜ自分はこんなところにいるのか、何で浮いているのか、なんで自分は素っ裸のまま自分の自宅上空に浮かんでいるのか?
思えば思うほと頭が混乱してくる。
とりあえず素っ裸の股間に手をやり体を丸く丸めては見た。こんなときにも恥じらいを感じている自分に無性に腹が立った。
そしてやっと徐々に上昇する速度が上がってきていることにも気づいた。
自宅や隣人宅は徐々に小さくなり、家の窓からこぼれる光は何か小さなイルミネーションのように見えてきたとき、恐怖を感じ始めた。
「やばい!このまま何もしなければ!」
手の中がじっとりと濡れている。どうにか今おかれている状況を打破すべく心の中で色々な方法論をシミュレートしてみる。そして稚拙な発想だが今思いつく唯一の方法、恥ずかしさをこらえ、股間の手をはずし平泳ぎの真似ごとをしてみる。
「映画やマンガのように空を泳いでみればきっとかえれるはず!」
しかしながら素っ裸の男が中に浮いたままかえるの動きを模写しても状況はなんら変化しなかった。
一瞬冷静になり下の状況を確認してみると、近所の窓の光は町の光たちに溶け込み、町の光たちは、大きな都市の光にのまれ、ロマンチックな美しい夜景としてまとまり始めていた。
その情景は現状素っ裸で浮かび恐怖におののいていた男の心に少しだけ安心感を抱かせる説得力があった。
あの光一つ一つが人の営みであり、色々な思いや悩み、喜び、悲しみ、争いや、愛情や裏切り、色んな感情を内包している光。光の集まりはある意味たくさんの意識の集合体なんだなと思っい、その中から外れてしまっている自分が少しだけ切ないと感じた。
男の体はさらに上昇していく。
つづく…。
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